Sports Nutrition 乳酸はなぜ作られるのでしょうか?
 これまで乳酸は無酸素的エネルギー獲得機構によって糖から作られた老廃物で、運動中は代謝されず、運動後に肝臓で糖に戻されるとよくいわれてきました。

 しかし実際には乳酸は老廃物ではなく、運動中でも運動後でも使われています。もちろん糖にも戻りますが、多くが二酸化炭素まで完全に分解され使われています。そして乳酸は使えるということがわかれば、なぜ乳酸が作られるかということも、違って見えてきます。

 乳酸が運動中にも使われていることを示すひとつの方法として、放射性同位元素で標識された乳酸を使うことがあります。放射性同位元素というと恐ろしいもののように思われるかもしれませんが、実験研究に使われる放射性同位元素の多くは、エネルギーは弱く人体に影響は与えません。乳酸の代謝等の研究に使われるのは14Cという放射性同位元素です。この14Cの半減期は5700年ですから実験中に減衰することはありません。私も放射性同位元素の詳しいメカニズムはよく理解していませんが、大事なことはこの14Cによって乳酸の本来の炭素原子に目印がついているということです。

 そこでラットなどの実験で、走らせるなどして、その際14Cのついている乳酸を打ち込みます。14C一乳酸を打ち込むといっても、打ち込む量はわずかなもので、血中や筋中の乳酸濃度は変化させません。そしてその14C−乳酸はもともと体内にある乳酸と同様に代謝されます。そこで乳酸がどこへ行きどう代謝されるのかを、この14Cを目印に求めることができます。

 そこで14Cのついている乳酸を、ラットなどに打ち込んで14Cがどこへ行くかを追ってみます。このときラットなどは必ず密閉されたチヤンバーなどに入れて、呼気方スを集めておきます。そうしてその呼気方ス中の二酸化炭素をエタノールアミンなどの液体に吸収させます。そしてその液中の14C量を測定してみると、14Cが多く含まれています。つまり14C−乳酸が酸化されて14CO2になっているのです。

 運動後でしたら、投与した14C一乳酸の半分程度はこのように14CO2になっています。また運動中に14C一乳酸を打ち込めば運動中でも呼気ガス中に14CO2が出てきます。運動後に比べて運動中のほうがさらに多く14CO2になっているのです。

 一方14C一乳酸ではなく14C一グルコースを運動後に打ち込んでみると、14C−グルコースはCO2よりも筋グリコーゲンに多く行っています。つまりグルコースのほうが乳酸よりもグリコーゲンになり、乳酸は主として二酸化炭素になっていることがわかります。二酸化炭素になったということは酸化されて完全に使われたということです。つまり乳酸は運動中や運動後に多くは完全に分解されて使われるのです。

 乳酸がどう代謝されるかということで、思い浮かぶのは、乳酸は運動後に肝臓に戻され、そこで糖に戻されるという説明です。筋でできた乳酸が運動後に肝臓に運ばれグルコースに戻り、また血中に出て筋に戻るサイクルになりますから、これを提唱者の名前を取ってコーリ回路と呼ぶようになったのが、1930年代です。

 このコーリ回路の考え方は非常にクリアーでうまく乳酸の代謝を説明するので、今でも生化学の教科書にもよく書かれています。確かにこのようにして一部の乳酸が代謝されているのは事実です。しかし特に運動による乳酸の代謝を考えるときには、この考え方にばかりとらわれていてはいけません。乳酸は肝臓に戻され、糖に戻されるだけでなく、筋などで二酸化炭素まで完全に分解されて使われます。14C−乳酸を打ち込んでみると、肝臓に行った14Cはそれほど多くないことがわかります。

 乳酸が運動後に糖に戻されるという考え方の根底には、乳酸が、運動中の酸素が足りないために糖から作られるということがあるように思います。酸素でまかないきれない分を乳酸を作ってまかなったと考えるならば、運動後には元に戻してやるのが必然になってきます。乳酸などからグルコースやグリコーゲンを再生する糖新生の能力は、主として肝臓が持つとされていました。したがって乳酸は肝臓で糖に戻される。ただし糖に戻す際にはエネルギーが必要なので、その分つまり5分の1の乳酸を酸化させ、5分の4は糖に戻すというようになります。

 この説明で気がつくことは、すでにこの当時から乳酸の一部は酸化されることが説明されているのに、糖に戻ることばかりに焦点が当てられてさたということです。この考え方であっても、一部の乳酸が酸化されてはいるのですが、そのことがほとんど意識されていません。

 また乳酸を糖に戻すのにエネルギーを使うため一部の乳酸を酸化するのであるならば、乳酸は糖に戻すより全部酸化してしまうほうが効率がよいといえます。

 もちろん糖を運動で利用してしまったら、補充してやる必要があります。糖は脳への唯一のエネルギー源であり、また骨格筋でもすぐに利用可能なエネルギーであり、グリコーゲンとして肝臓や筋に貯蔵されています。使ってしまったエネルギーの補充のために、生物は食事をします。運動して糖が乳酸になっても、適切に食物を拝取している限りにおいては、乳酸を糖に戻さず酸化して使っても、摂取する食物からグリコーゲンを作ればよいのです。乳酸を酸化して使ってしまうことは、それほど不経済なことではありません。

 そうすると逆に絶食状態では、運動後の乳酸の代謝も変わってくることが予想されます。絶食時には食物からのグリコーゲン補充ができません。そして確かに絶食状態になると乳酸が酸化される割合が減り、グリコーゲンに戻される割合が上昇します。また絶食状態では、糖が体内になくなって分解されにくくなりますから、糖から作られる乳酸も作られなくなっていきます。このように乳酸の作られ方は、筋グリコーゲンが十分あるかないかがかなり影響します。筋グリコーゲンを中心として糖が十分あれば乳酸もより作られます。絶食状態では運動中に乳酸は作られにくくなり、また運動後にはより糖に戻されるようになります。

 乳酸が代謝されるにはまずピルビン酸に戻されます。そして糖に戻るには、分解されてきた解糖系を全く逆にたどることはでさないので、糖新生系と呼ばれる別の経路をたどります。この経路は肝臓についてよく研究されてきたものです。そして骨格筋には糖新生の酵素がないとされていましたが、1960年代になって、筋にも糖新生の酵素があることが明らかになり、筋でも乳酸からのグリコーゲン合成は可能なことがわかりました。

 ただし乳酸がピルビン酸に戻されれば、多くはミトコンドリアに入り二酸化炭素まで完全に分解されます。特に安静状態でも常に働いている心臓の筋肉(心筋)は乳酸をよく使っています。生きていく上で、ミトコンドリアは常に働いています。ミトコンドリアが利用するのは多くの場合脂肪酸ですが、運動後などで乳酸がたくさんあるとさには、乳酸を主として使うことは不自然でありません。たくさん周りにあれば、それを使うのが自然です。

 ここで乳酸をピルビン酸に戻す働きをするのは、ミトコンドリアではありません。この働きは乳酸脱水素酵素(LactateDehydrogenase:LDH)という酵素によります。この酵素はピルビン酸から乳酸を作る反応も司るのですが、同じ酵素でも、乳酸を作る反応に向いているものと、乳酸をピルビン酸にする反応に向いているものがあります。

 前者は骨格筋の特にfastタイプの線維に多いので筋の頭文字Mを取ってM型LDHと呼んだりします。また後者は心筋に多いのでその頭文字Hを取ってH型LDHと呼んだりします。

 ここで考えている乳酸の代謝に関係するのは、H型LDHです。もともとはM型に比べてH型のLDHは量が少ないとされていますが、心筋、肝臓、Slowタイプの骨格筋などにあることが報告されています。このことはH型LDHはミトコンドリアの多い組織に多いということにもなります。

 またH型LDHはミトコンドリアに接触してあるとも報告されています。ですから乳酸がH型LDHの働きでピルビン酸に戻されれば、すぐにミトコンドリアに入り完全に酸化されやすいようにできているのです。またH型LDHの多いこれらの組織は酸化能力が高く、どちらかというと乳酸を作るよりは使う組織であるといえます。ですからこれらの組織では血液を通じて運ばれる乳酸を取り込んで使うことになります。

 乳酸を血液から取り込むには、細胞膜の通過に関わる輸送担体が関係するようです。最近の報告では、心筋やslowタイプの骨格筋では、乳酸やピルビン酸の膜通過に関与する乳酸輸送担体MCTl(MonocarboxylateTransporterl)が多いことが報告されています。ですから乳酸やピルビン酸を血液から取り込む能力が高く、乳酸をピルビン酸にするLDHが多く、ピルビン酸を完全に酸化するミトコンドリアの多い心筋やslowタイプの筋で、乳酸は主として酸化されて使われます。一方Fastタイプの筋にはMCTlは少なく、H型LDHは少なく、M型LDHは多く、ミトコンドリアもどちらかというと少ないので、主として乳酸を作るということができます。

 以上のようなことをまとめてみれば、乳酸はFastタイプの白い筋で作られ、Slowタイプの赤い筋や心筋でピルビン酸から完全に酸化されて使われるということになります。ですから乳酸が作られるということは、白い筋から赤い筋や心筋に乳酸の形でミトコンドリアのエネルギー源を回している、というような見方もできることになります。肝臓に蓄えられているグリコーゲンはグルコースとして血中に放出され、脳や筋や多くの組織に供給されます。ところが筋にはグリコーゲンをグルコースにする酵素がないので、筋に蓄えられているグリコーゲンは、グルコースとしては放出されることはありません。しかしグルコースにする代わりに、筋グリコーゲンを乳酸にすれば、全身の特にミトコンドリアの多い組織へ酸化のエネルギー源を配分することがでさます。

 このように乳酸はいったんできればもう役に立たない老廃物ではないのです。使えるという観点で見れば、乳酸の世界も広がってきます。

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